先月、イコモスより「飛鳥・藤原の宮都」が
世界文化遺産へ登録勧告を受けたことは、皆様ご承知の通りかと思います。
ただし飛鳥・藤原の「何が」世界遺産となるのか、
そして「どのような点」が評価されて登録されるのか、
まだまだ知られていないことはたくさんあるかと思います。
そこで今回から3回に分けて、世界遺産の候補となっている19の構成資産について
概要と見どころをなるべくわかりやすくご紹介していきたいと思います!
飛鳥宮跡
【概要】
飛鳥時代に4代の天皇が在任中に使用した宮殿の跡地。
これまでは天皇が代わる度に宮殿が代わっていたので異例のことであり、
また後に紹介する藤原京造営までは、政治を司る場所兼住居でした。
乙巳の変(大化の改新)ではこの場所で、中大兄皇子と中臣鎌足が
蘇我入鹿を討ったとされており、討たれた首が飛鳥寺裏の首塚まで飛んだと言われております。
【見どころ】
1400年前はまさにこの場所で、同じ風景を見ながら日本を動かしていたという事実。
そして当時と変わらぬ山々に囲まれた立地。
宮殿の建物は今もなお調査中とのことで、新たな発見があるかもしれません。
当時この地でどんな国を夢見てどんなことが話し合われていたのか。
在りし日の宮殿の様子を想像しながらお楽しみください!
飛鳥京跡苑池
【概要】
飛鳥時代の庭園遺跡です。
飛鳥宮跡の隣、且つ飛鳥川沿いにあることから、
海外の要人が川を上ってお越しになった際の迎賓館的な意味だとされております。
南北に2つの池があり自然の段差を利用した設計は、百済の影響を受けつつも
日本独自の設計で造られているようです。
【見どころ】
遺跡自体は既に埋め戻されているためわかりにくいですが、
段差や飛鳥川との距離感などは掴めるはずです。
そして隣の休憩処では発掘調査の様子や当時の復元図などがあります。
当時の日本が、中国や朝鮮の方にどう見られるのかという点を気にしていることがわかります。
飛鳥水落遺跡
【概要】
660年に中大兄皇子によって造られた日本初の漏刻台の遺跡。
漏刻台とは現代の時計であり、最上段の木箱から最下段の木箱まで水を流し、
最下段の木箱内にある目盛を測って、鐘を鳴らして時を民に知らせていたとされます。
地中1mまで梁を巡らせた頑丈な構造や、唐から伝来された技術がここにあったとされます。
【見どころ】
今では当たり前である「時間」という概念がない時代に、
唐の最新技術を採用して国の近代化を図った中大兄皇子の先見性に驚きます。
飛鳥宮や飛鳥寺とも近く、この鐘の音で出勤や退勤をしていたんだと思うと、
古代の生活ぶりに触れられるような気がします。
漏刻台について詳細を知りたい方は、こちらの明日香村Youtubeからどうぞ!
酒船石遺跡
【概要】
国家形成において宗教的側面を示す祭祀の遺跡。
長さ約5.5mの花崗岩で上面に皿状の窪みとそれを結ぶ溝が刻まれた「酒船石」、
亀の形をした石槽や地下水を給水するための造られた「亀形石造物」などの総称を
酒船石遺跡と言います。
【見どころ】
元々は「酒造りに使われていたのではないか」と言われていましたが、
近年の発掘調査の結果、天皇の国家祭祀遺跡だとの可能性が高くなりました。
宗教と政治が今よりも密接だったこの時代、どんな大事なことが占われていたのか。
綺麗に整備されたこの地で、ロマンを感じてみていただければと思います。
藤原宮跡
【概要】
飛鳥に宮殿があった時に先述のような4つの遺跡が国造りを行い、
その後694年に日本初の本格的な条坊制を備えた都として造られたのが藤原宮跡。
約1キロ四方の宮殿には天皇の住居の他に役所や儀式を行う場が集約され、
周囲5キロ四方には藤原京として、役人たちが居住していたそうです。
この形は、後の平城京・平安京にも受け継がれていきました。
【見どころ】
飛鳥から続く国造りの集大成であり、律令制度に基づいた中央集権国家は
この地から始まったとされる、まさに「日本のはじまりの地」。
大和三山に囲まれている点はもちろん当時と変わりはなく、
何もないからこそ、古代から続く風景を共有できているのだと思います。
春は桜と菜の花、夏は蓮、秋は秋桜の花が綺麗に咲き、
はじまりの地に彩りをもたらしてくれております。
いかがでしょうか。
「飛鳥・藤原の宮都を世界遺産に」公式ホームページの情報を基に、
自分なりの解釈や感じたことをまとめてみました。
今回は宮殿・官衙跡ということで、
次回は仏教寺院跡について、書いていきたいと思います!
公式Instagramもチェック!
https://www.instagram.com/guesthousehajimari/
★☆ コメント・お問い合わせはこちら ☆★
https://guesthouse-hajimari.jp/contact/index.html#contact_web