ゲストハウスはじまりでは6/7~6/12までお休みをいただき、

北陸三県&埼玉への旅に出ておりました!

Instagramでは旅先の様子をストーリーズに投稿しており、

先日こちらにて答え合わせをいたしました!

本ブログでも改めて、足を運んだ地の写真をあげて

答え合わせをしていきたいと思います。

1日目:年縞博物館(福井県)
1日目:年縞博物館(福井県)

1日目:永平寺(福井県)
1日目:永平寺(福井県)
ゲストハウスレトロマチカ・共有スペース(福井県)
ゲストハウスレトロマチカ・共有スペース(福井県)

初日は年縞博物館→永平寺、そして以前当館にご宿泊いただいた方が

今年4月にオープンした「ゲストハウスレトロマチカ」へ宿泊してきました!

永平寺は有名な場所で禅の心を感じる素敵な場所でしたが、

知名度の高くない年縞博物館には、7万年分の地層というスケールに圧倒されました。

歴史や考古学が好きだという方にはオススメです!

ゲストハウスレトロマチカさんは古民家をレトロに可愛くリフォームされており。

また丁寧に清掃をされているのが伝わり、快適に過ごせました!

オーナーさん紹介のお寿司屋さんもおいしかったです。ありがとうございました。

2日目:能登金剛・巌門(石川県)
2日目:能登金剛・巌門(石川県)
2日目:能登金剛・ヤセの断崖(石川県)
2日目:能登金剛・ヤセの断崖(石川県)
2日目:白米千枚田(石川県)
2日目:白米千枚田(石川県)

2日目は福井から金沢駅へ移動しレンタカーを手配、

その後輪島経由で能登半島の最先端、珠洲市を目指しました。

道中の海岸沿いにある「能登金剛」という海辺や、

わずかな土地を利用した棚田「白米千枚田」で能登の地形の凄さを感じた後、

珠洲市にある旅館に宿泊しました。

(被災関連は後で触れます。)

3日目:禄剛崎灯台(石川県)
3日目:禄剛崎灯台(石川県)
3日目:須須神社(石川県)
3日目:須須神社(石川県)
3日目:見附島(石川県)
3日目:見附島(石川県)

3日目は珠洲市の名所を巡りました。

能登最北端の「禄剛崎灯台」、日本海一帯の守護神「須須神社」、

弘法大師ゆかりの能登のシンボル「見附島」を巡りました。

その後金沢駅へ戻り、ゲストハウスに泊まりました。

能登から来ると金沢の都会ぶりに驚きました。

4日目:雨晴海岸(富山県)
4日目:雨晴海岸(富山県)
4日目:富山市ガラス美術館(富山県)
4日目:富山市ガラス美術館(富山県)
4日目:西町大喜・富山ブラックラーメン(富山県)
4日目:西町大喜・富山ブラックラーメン(富山県)

4日目は金沢駅から雨晴海岸へ!

立山連峰の山並みと美しい海岸に見とれ、1時間ほどぼーっとしました。笑

その後富山市へ移動し、隈研吾氏設計の「ガラス美術館」を見学後、

西町大喜本店で富山名物「ブラックラーメン」をいただきました。

これがとんっっっっでもなく塩辛かったのですが、それが意外にくせになり、

とても美味しく、また食べたいと思う味でした!

今まで食べてきたブラックラーメンの概念が変わるほどの衝撃でした。

そして北陸新幹線で東京駅へ、その日はカプセルホテルに泊まりました。

5日目:吉見百穴(埼玉県)
5日目:吉見百穴(埼玉県)
5日目:埼玉古墳群・稲荷山古墳(埼玉県)
5日目:埼玉古墳群・稲荷山古墳(埼玉県)
5日目:武蔵野うどん・庄司(埼玉県)
5日目:武蔵野うどん・庄司(埼玉県)

最終日は当館リピーターさんに案内していただき、

吉見百穴→埼玉古墳群へ行きました。

埼玉古墳群では、国宝の金錯銘鉄剣がわずか200円で現物を見れたことにびっくりしました。

そして途中に寄った武蔵野うどん「本手打ちうどん庄司」で、昨日に続いて驚きが!

麺がとっっっっっても硬く、噛み応え抜群でした!

確かに関西のうどんと比べると最初は違和感でしたが、これも不思議と美味しく感じ、

気づけばまた食べたい!と思える味でした。

ラーメンにしろうどんにしろ、まだまだ可能性があるんですね。

能登で食べた海鮮ラーメン。天然のワカメがびっくりするほどおいしかったです。
能登で食べた海鮮ラーメン。天然のワカメがびっくりするほどおいしかったです。

こんな楽しい旅でしたが、

一方で能登ではまだまだ震災の爪痕が色濃く残っておりました。

2024年1月1日の能登半島地震から約2年半が過ぎ、

我々にとっては過去のことになってしまいがちですが、

現地の方々にとっては「現在」であり「未来」のことなんだということを強く感じました。

以下、現在の状況写真を貼っていきます。

輪島市内のビル。まだ壁がブルーシートで覆われていました。
輪島市内のビル。まだ壁がブルーシートで覆われていました。
輪島市内の再建された住宅①。奇妙なほど同じ見た目。
輪島市内の再建された住宅①。奇妙なほど同じ見た目。
輪島市内の再建された住宅②
輪島市内の再建された住宅②
山肌には土砂崩れの跡が多数。山間部の道路は未だ片側通行の道路がたくさん。
山肌には土砂崩れの跡が多数。山間部の道路は未だ片側通行の道路がたくさん。
海岸沿いの国道249号線。海が隆起し道路が海より下を走っています。
海岸沿いの国道249号線。海が隆起し道路が海より下を走っています。

能登金剛から珠洲市までの道はこんな感じ。

至る所で工事が行われており、特に山間部の県道は今も土砂崩れの道路が多数ありました。

それでもちゃんと通れるように整備されていたことに、ただただ感謝です。

珠洲市内の住宅街の様子
珠洲市内の住宅街の様子
珠洲市内。元々神社や寺院があったと思われる場所。
珠洲市内。元々神社や寺院があったと思われる場所。
珠洲市内。側溝の蓋が崩れたまま。
珠洲市内。側溝の蓋が崩れたまま。
珠洲市内。橋が倒壊して通行禁止に。
珠洲市内。橋が倒壊して通行禁止に。
珠洲市内。民家の塀だけ残っていました。
珠洲市内。民家の塀だけ残っていました。

珠洲市内。傾いた電柱がそのままに。
珠洲市内。傾いた電柱がそのままに。
珠洲市内。ポストもそのまま。もちろん使用禁止でした。
珠洲市内。ポストもそのまま。もちろん使用禁止でした。
須須神社。手水舎が倒壊したままに。
須須神社。手水舎が倒壊したままに。
須須神社。灯篭や狛犬も壊れておりました。
須須神社。灯篭や狛犬も壊れておりました。

珠洲市内はご覧の通り、古くからあった家のほとんどが全壊し、

ようやく瓦礫が片付けられたところ。

未だ小学校グラウンドなどに仮設住宅が数百世帯建っていたり、

金沢に移り住んでしまった方も相当いらっしゃるようで、

近隣住民の方々との交流が減ってしまったことが辛いと、珠洲市内の旅館の方がおっしゃってました。

旅館は新耐震基準(昭和56年以降の建物)であったため全壊を免れ、

今は復興ボランティアや工事関係者で賑わっておりましたが、

今でも地震の恐怖と闘いながら営業しているとのことでした。

泊まらせていただけるだけで有難いなと、改めて感じました。

珠洲市内、早朝の海岸で見た朝焼け。
珠洲市内、早朝の海岸で見た朝焼け。

旅に出たから、現地に宿泊したからこそ、

珠洲市でこんな綺麗な朝焼けの海を見ることができました。

4泊5日の旅に出て、やっぱり旅は良いなと改めて実感したと共に、

宿泊したからこそその土地のことを深く知れるのだと再認識しました。

最後は宣伝になってしまうのですが、

日帰りが多く宿泊者が少ないと言われる奈良。

奈良の魅力を深く知るには、是非宿泊していただきたいなと改めて思いました!

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